くだらない
私は仕事の関係で学生さんと接する機会が多いのですが,彼らの中には「学校がおもしろくない,授業がおもしろくない」と叫んでいる人がいます.私は「じゃ,おもしろいことって君にはあるのか?」と尋ねました.すると,これといっておもしろいことはない,というような答えが返ってきました.
社会人でも一緒ですね.仕事がおもしろくない,オレにもっとふさわしい仕事があるんだ,会社やめたいと言う友人がいます.
世の中のモノすべてが面白くなくてくだらないのです.
世の中には他人からくだらないことといわれるようなことに一生懸命になっている人がいます.先日,あるTV番組ではペットにゴキブリを何千匹も飼っている人が出演していましたし,ガラクタを家の中に溜め込んで自分の住む場所がなくなった人,円周率を記憶する人,お菓子のおまけを何十万もかけて集める人等々...
一方,いつもくだらないくだらないと言っている人にとっては,エベレストに登ることも,マラソンを走ることも,一生懸命働くことも,はたまた一生懸命生きることさえくだらないことになってしまいます.
そういう人は,一生懸命になっている人を「くだらない奴」とバカにすることによって何も努力せずして自分の存在価値を見出せる術を得たかのように勘違いします.何もかもを価値のないモノとすることによって弱い自分を保とうとしています.
逆にいえば,何もかもを価値のあるモノとすると,自分の存在価値を見失ってしまいかねませんし,そういった恐怖感をいつも抱えて生きているのです.
自分と関係のないモノや人に対してはくだらない,自分と関係あれば価値があるという考え方に陥ります.
実際私は十代後半から二十代前半までこんな人間だったのです.自分のしていることが一番で,すべてでした.自分のしていることがカッコよかったのです.そのくせ,気が小さいものですから,私の本当の姿を知っている友人は極々少数だったんですね.
そのようなくだらない自分の思考傾向に気付いてからは,自分が今やっていることは一番ではないかもな,ということを意識しながらやっています.
この脱モテないくんだって,ノーギャラですし,私にとってはしんどいだけで何にも利益にもなりませんから,ある人から見れば「くだらないことやってどうないするんや」と思われても仕方のないことです.
でもですね,そのくだらないことをするにしても,著作権や責任だって発生しますし,本文や掲示板で変なことを書こうものならそれ相応の反応があります.その緊張感があるからこそこうやってこのサイトが運営できるのですし,こうやって毎日150アクセス以上の多くの方々に来て頂けるのではないかと思います.その緊張感が次第に充実感に変わっていきます.
そのように考えるようになってから,世の中には自分の存在を含めて考えても,くだらないモノなんてないんだなと思えるようになりました.
物事に一生懸命取り組むことを前進といい,それを放棄することを後退というならば,前進と後退どちらにしろいずれは辛いことがあります.しかし,後退には本当の意味での喜びや充実感は得られないのです.
バランス
初秋に、秋冬ものの茶系のジャケットを着ている人などはセンスよく感じられても、春になってもいつまでも高級なカシミアのコートをきている人は春らしい綿のコートを着ている人に比べ見劣りしてしまいます。
季節感はセンスアップとして、とても重要です。
年齢を増すごとに身に着けるアクセサリーが、過剰になっている人がいます。
どんなに似合っているものでも気に入っているものでも、やり過ぎは引かれます。
デートにおいてもビジネスのときでも、男性は女性と違ってあまり過激なファッションを楽しめないからどうしても、小物の使い方が派手になる人がいます。
しかし、そのほとんどが女性の目からすると「ちょっと待って」というものが少なくないのです。
たとえば時計、ネクタイ、バックなどはブランド名が目立つアイテムですが、あえてそこを目立たせてはいけないのです。
センスのよさはブランドスーツでなくてもにじみ出るものです。
そして女性と合う場合は、相手を引き立ててあげるためにもブランドロゴが目立つものは控えましょう。
顔のフレームとメガネの横幅を合わせてメガネを選びましょう。
顔の横幅よりフレームが小さいとコミカルな印象を与えますし、顔を大きく見せてしまいます。
眉とフレームの上部が近いかをチェックしましょう。
日本人は欧米人と違い目と眉の間がのっぺりと離れています。
できるだけ眉とフレームの上部を近づけましょう。
離れている場合には、鼻あてを調節しましょう。
これがメガネハンサムのコツです。

